物理を学ぶ高校生へ

 まずは物理の勉強をしようとする高校生諸君へのエールとして、物理学とはどんな学問で、どんなふうに社会に貢献してきたのか、というような勉強の前提になる話しをします。このページの読者には大学入試のために物理を勉強するという高校生が少なくないでしょう。もちろん、これから書くことは大学受験を強く意識しています。とはいえ、いかに本質的なことを理解できるか、によって試験成績が大きく左右されます。本質理解こそ、さまざまな入試問題に対して応用可能な力を与えてくれるのです。だから、しばらくは思いを遠くに馳せて落ち着いて読み考えて下さい。

1)物理学とはどんな学問か

  まずは学ぶ対象である物理学とはどんな学問なのかを知っておきましょう。高校理科には物理、化学、生物、地学と4つの教科があります。後ろの3つの教科は、概ね特定分野の現象の究明を行います。すなわち、化学は主に物質に関わる現象、生物は主に生物に関わる現象、地学は主に地球環境に関わる現象を取り扱います。

  ところが、物理は特定の分野というより、分野に共通する基本的な自然現象の究明を行います。後ろの3教科の基礎ともいうべき性格を備えています。従って、理系を志す高校生にはまずは物理を勉強して欲しいのですが、近年、物理を履修しない理系志望者が多くなったといいます。たいへん残念です。

 理科総合の教科の中の物理領域を学ぶだけで、体系的な物理の学習を省略する理系志望者は大学生になってから苦労することがあるかも知れません。理科総合は自然現象に対する探求的姿勢を涵養するには良いのですが、体系的に理科の教科を学ぶ機会を失わせるとしたら、マイナス効果です。

  話しは少々横道のそれました。それでは基本的な自然現象の究明とは何でしょうか。簡潔にいえば、自然界で起きる基本的な現象の因果関係とそれを決定する法則、原理、考え方(論理)を明らかにし、それらに基づいて、ある事象から何が起きるかを予測可能にすることです。

 高校物理で扱う基本的な自然現象は、概ね「力と運動」、「熱とエネルギー」、「波動と音波・光波」、「電磁気と電気回路」、「物質と原子」などの分野です。分野は分かれていますが、これらの根底にある物理法則は相互に関係しあっています。これらに対応して、物理学は「力学」「熱学(統計力学)」「音響学」「光学」「電磁気学」「物性物理学」「原子物理学」などに細分化されますが、皆さんがこれらを直接に系統的に学ぶのは大学の専門学部に入ってからのことです。

 自然現象を究明するとは具体的にはどのようなことでしょうか。たとえば、私たちは物体を手から放すと落下するという自然現象を頻繁に経験します。物の落下などは幼児からの当たり前の経験であって、事改めてなぜ落下するのかを自分で考えようとした子供は非常に稀でしょう。私もそうでした。ニュートンがリンゴが落下するのを目にして万有引力の法則を発想したという有名な逸話を聞いたとき(小学生の頃でしょうか)、むしろ当たり前のことをなぜそのように考えたのかと不思議な感じがしたことを思い出します。

 しかしなぜ落下するのか、物を投げると上昇して落下するのはなぜか、物の重さに関わらず地面に着くまでの時間が同じなのはなぜか(ピサの斜塔でのガリレオの落下実験が有名)、などの自然現象に対して「なぜ?」と問われると、「当たり前」ということでは答えにはなりません。それらの現象を説明する法則や原理が必要なのです。

 さらに物が地面に着くまでの時間はどのくらいか、そのときの物の速度はどのくらいか、物を投げたときどのくらいの高さや遠さまで飛ぶか、など現象の細部についてさまざまな予測をしたくなるでしょう。こうしたことが自然現象の解明ということですし、法則や原理、それに基づく予測とその考え方(論理)を明らかにしていくことが物理学なのです。

 高校物理では、既に長年にわたり究明され、現時点で正しいとして検証され確立された法則や原理を学び、それらを基礎として自然現象を理解し、予測する考え方を学びます。残念ながら、高校では法則や原理がよってきたる理由までは殆ど扱うことはできません(他の理科の諸教科でもそうであり、そのような興味と関心は大学に入学してから大いに高めて欲しく思います)。それらについては天下りの知識になる場合が多くなります。

 物理では、いろいろな法則や原理の確認を実験によって行います。実験は自然現象そのものというより、それの単純化したもの、モデル化したもの、と理解すると良いでしょう。実験は自然現象の本質を損なうことなく、何度でも繰り返しが可能な行為で、いろいろな道具(材料、部品、測定器)を組み合わせて、自然現象を再現し、それを観測したり測定することによって、法則、原理、予測を確認することができます。そのことを通じて、私たちは法則、原理の知識や予測する考え方をしっかりと学びます。

2)なぜ物理を学ぶのか

 あなたはなぜ物理を学ぶのでしょう。そんな問いを自らに課したとき、あなたは何と答えるでしょうか。おそらく二つの答えが考えられます。第一は面白いから。こんな答えを聞いた物理教師は嬉しく思うに違いありません。しかしそんな答えを聞くことは稀ではないかと想像します。勉強が面白い、なんて思う人は多くはないでしょうから。

 人は知りたいという欲求を本能的に持っています。自然現象がなぜ起きるのか、知りたいと思い、学んで知ることができれば面白いと思うでしょう。面白いと思えばさらに知りたいと努力し、さらに学ぶことになります。このような好循環が成立することが勉強には理想的です。

 しかし多くの高校生には第二の答えが用意されているでしょう。必要だからという答え。何に必要なのでしょう。恐らく志望大学・学部の入学試験に物理が課せられているから。理学部の物理系学科や工学部受験には物理は必須です。だが、この答えは学ぶ内容の必要性を示すものではない、ということを皆さんは既に良く分かっていることでしょう。

  将来物理学の研究者や教師になりたいと思う高校生には物理は最も必要性の高い教科でしょう。工学部の機械工学、航空工学、電気・電子工学、応用物理学、原子力工学、金属工学、土木・建築工学などを学ぼうとする高校生にとっても、これらの学問の基礎の一つが物理学ということが分かっているでしょう。

 将来の職業が物理と密接に関連するような分野であれば、物理を学ぶ必要があるのはいうまでもありません。しかし物理を学ぶ必要は、それに留まりません。多くの人々にとっても物理を学ぶことは意味があります。私たちの生活は物理を基礎とする器具、装置、設備などに取り囲まれています。家にあるテレビ、蛍光灯、パソコン、電話器、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機、エアコン、自動車などなど。これらが実現する機能は物理学の法則や原理に基づいています。

 もちろんこうした製品を使いこなすだけなら、とりたてて物理の詳しい知識を必要とすることはないでしょう。しかし、省エネ環境対応などより合理的な使用方法や故障の原因を考えたりする場合には、それなりの物理の知識と考え方を必要とします。

 一見物理と密接に関わるとは思えない職業においても、実は深い物理の知識と考え方が必要になります。製品の営業を行う者は、製品を深く理解して顧客に上手に製品を説明し、顧客の要求を的確に理解して自社技術者に伝えなくてはなりません。そのためには物理的知識と思考方法が強く必要とされます。

3)物理学はどのように役立ってきたか

 20世紀は物理の時代だったといわれます。19世紀までに古典的な物理学はほぼ完成されましたが、20世紀初頭から原子の構造や振る舞いを解明する量子力学や原子物理学が急速に発展しました。トランジスタの発明が半導体物理学などの発展を促し、逆に半導体物理学を初めとする物理学の発展が半導体産業を急速に発展させるのに貢献しました。

 トランジスタがIC、LSIとなって、その集積度が飛躍的に向上するにつれ、それを用いたコンピュータは高速化、小型化し、今日の情報化時代の幕を開きました。レーザーの発明や原子力発電の実現もまた量子力学や相対性理論など20世紀物理学の大きな成果で、産業の発展と生活の利便性に貢献しました。

 レーザー光を髪の毛よりも細いガラス繊維に通すことにより高速大容量の通信が可能になりました。インターネットの基幹から末端までの回線として利用され、この瞬間にも膨大な情報がガラス繊維の中を行き交っています。1960年頃から研究され、今や全盛期を迎えつつある液晶テレビやプラズマテレビなど大画面の薄型テレビもまた20世紀の物理学が推進力となりました。

 第二次世界大戦中に米国は原子爆弾開発のためのマンハッタン計画に多くの物理学者と技術者を動員し、短期間で開発に成功しました。これが広島と長崎の悲劇に至り、核武装の端緒となってしまいました。世界大戦後、核エネルギーの平和利用として原子力発電が実用化され、火力(石油)、水力とともに電気エネルギー需要を満たすようになりましたが、原子力発電所事故の危険を抱えています。これらは質量とエネルギーが等価という相対性理論の明確な実証なのですが、宇宙の星たちの生々流転もまた、こうした原理に基づいています。

 医療の分野でも放射線・超音波・レーザー治療技術や超音波・X線・MRI・内視鏡などによる診断技術など高度先端の医療技術の基礎にも物理学があります。MRIは原子核と磁場との共鳴現象を利用したもので、原子物理学の大きな応用成果です。人類に大きな悲劇と危険を招いた原子物理学ですが、癌治療を始めとして医療分野での役割もまた非常に大きいものがあります。

 このように現代の先端技術の基盤には物理学の研究成果があるといって過言ではありません。誰でも知る先端技術以外でも、大小を問わず多くの技術は物理学が基盤になっているのです。かくして20世紀は物理学の時代と言われました。特にわが日本は技術立国といい、ものづくり大国といい、わが国の昭和30年代から昭和50年代までの高度経済成長を実現したのは製造業であり、その源泉となったのは様々な技術とその基礎となる物理学でした。この時代、多くの若者が技術者として製造業に参画し高度成長を支えたのですが、彼らが物理学を学んだことはいうまでもありません。

 4)これからの物理学

 それでは、これからの物理学はどうなって行くのでしょうか。私は物理学者ではなく、物理学を応用する技術者として長く仕事をしてきたので、物理学の先端で何がどのように研究され、どのような事実が究明されようとしているのか、率直のところもはや私にはよく分かりません。

 しかし、偉大な物理学者ニュートンが "I do not know what I may appear to the world: but to myself I seem to have been only like a boy playing on the seashore, and diverting myself in now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me." と述べたように、どこまでも真理の探究としての物理学の研究が継続されるに違いありません。

 特に物質の根源を究明する素粒子物理学(昨年ノーベル物理学賞を受賞した南部さん、益川さん、小林さんの研究分野)、宇宙の生成を究明する宇宙物理学、生命現象を物理学からアプローチする生物物理学など、これからも新たな豊かな知見を人類に与えてくれるでしょう。それらが私たちの生活にどのような影響を与えるか私には予測ができません。ただ新たな知識は新たな応用を生み、大きくも小さくも何らかの影響を与えてきた、これまでの物理学(広くは自然科学)の歴史を考えれば、同じことがこれからも言えるでしょう。

 ただ私たちが日常目にするありふれた現象を説明する物理学(古典的な力学や電磁気学)の応用は既に尽くされた感がありますので、この分野で目新しい技術などが生まれる可能性は少ないでしょう。一方で先端の物理学からは医療やエネルギーなど、これからの人類社会の大きな課題に対する画期的な技術が生まれるかも知れません。

 未来を予測することは困難であろうとも、自然界の真理を探究する物理学の前には、ニュートンの言葉通りに広大な未知の世界が広がって、多くの若者の探索を待っていることだろうと思います。

5)物理とモデル化

 物理学では自然現象に潜む法則や原理を引き出すために、現象をモデル化して扱う場合が多いのです。モデルとは、現象そのものではなく、現象の本質を良く具現し、現象に影響を与える副次的な要素を排除した模擬的な自然現象です。

 たとえば物体の落下現象を考える場合、物体が石か、木か、紙かなどなど、物体が何かによって、現象は異なってきます。物体の如何に関わらず、落下現象を解明しようとすれば、落下現象そのものを決める本質とそれに影響を与える要素とを分離しなければなりません。すると、ここでは落下に影響を与える空気や風の要素を排除して考えなければなりません。

 もし空気の影響を排除して落下現象を実現しようとするなら、真空中で物体を落下させる実験を考えます。しかし私たちは真空中での落下現象を日常体験することはありません。この実験は落下現象の本質を究明するために、実際とは異なるモデル化された実験といえます。これによって、落下現象の本質が究明できれば、次に空気の効果を検討する段階になります。ただし、真空中の落下実験は真空装置など実験装置の費用が高価になるので、大気中でも空気の影響を排除できる実験を考える方が良いでしょう。

 ある現象の結果がどうなるかを予測しなければならないことが、実生活ではしばしばあります。あるいは物体の運動の問題でも、いろいろな条件の下で物体の速度はどのようになるか、なども予測の問題です。この場合、まずは最も大きく結果を左右する因子をのみ考慮して予測を行った上で、影響の少ない二次的な因子、さらに影響の少ない三次的な因子を繰り入れて、予測を行います。これらもまたモデル化した現象に対する思考実験といえるでしょう。

6)物理と数学

 物理では現象を数式を用いて記述します。それはなぜでしょうか。当たり前のことですが、自然現象は時間の流れと空間の広がりの中で発生します。つまり、究明すべき現象は時間と空間の関数なのです。しがって知りたい量を時間や空間の関数として記述することができれば、半ば現象を究明できたといえるのです。

 時間や空間の関数ということは、時間によって物理量がどのように変化するか、空間によって(場所によって)物理量がどのように異なるか、ということです。言い換えれば時間経過による現象や別の場所の現象の予測ができるということです。

 yが xの関数だというとき、xによってyが決まるという因果関係を示します。数学ではyとxが具体的に何を示すかは問題としません。そしてxがどのようにyを決めるかという関数の形は無数にありますが、高校数学では代表的な初等関数の振る舞いを調べます。幸運なことに物理で扱う現象は数学で扱う関数で表されることが多いのです。

  関数が示す数式は言葉の代わりに、少ない情報量で的確に現象を表現できるのです。したがって数式で表された現象を言葉で理解することが重要です。それによって物理の本質を理解することになるので、式の意味を言葉で理解していれば、丸暗記した数式を忘れても考え出すことができるでしょう。

 高校物理で多用される数学演算が微分と積分です。物理現象とは前述のように時間や空間の関数であり、それは時間や空間によって、どのように変化しているかを示すものです。変化は微分という概念に繋がります。時間や空間の微小な変化に対して現象がどのように変化するかを見るために、微分はとても便利な方法です。一方、現象の変化の総体を捉えるには、微小な変化をある範囲で加算していくことが必要です。そのための演算が積分です。運動方程式で扱う移動距離、速度、加速度などの物理現象では、このような微分積分が典型的に利用されています。

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